医療・介護領域における外部性の問題#2 「自分だけがよくても良い結果は生まれない ー感染症と外部性の問題を考えるー」

お気に入り数 0
八木 麻衣子 聖マリアンナ医科大学東横病院 技術課長補佐

Covid-19によるパンデミックは、あらためて医療現場における「外部性」を考え直す貴重な機会を提供しています.多くの人が利己的な動きを見せれば感染者は増加し、一部の医療提供体制は「逼迫」や「崩壊」の可能性が高くなります.一方、多くの人が利他的な動きを見せれば、この事態の少しでも早い収束につながると思われます.これは、まさに個人の行動が、これまで以上に社会に対して「正の外部性」にも「負の外部性」にも振れることを意味しているのではないでしょうか.

はじめに

みなさん、こんにちは.またお会いしましたね.医療・介護領域で働く人と経営学・経済学をBridgeするコラムにようこそ.前回のコラム「自分だけがよくても良い結果は生まれない ー受診行動と外部性の問題を考えるー」に引き続き、今回も「外部性」の問題について考えていきたいと思います.

特に、Covid-19のような「感染症」による影響が色濃い現在ほど、自分だけよければ良いという利己的な行動がもたらす外部性の影響について、しっかりと考えいく必要があるように思います.

医療現場における外部性の変化

1950年頃までの日本における死因構造は、結核や肺炎などの感染症が多くの割合を占めていました.その後、医療の進歩により、この疾病構造は感染症から脳血管疾患、悪性新生物、心疾患など、生活習慣病によるものにシフトしたとされていました.

私自身、これまでの経験の中で、急性期リハビリテーションの臨床現場で出会った多くは、生活習慣病に起因した脳卒中や心疾患、または高齢化に伴い増加するような病態を持つ患者さんでした.そのため、日本における疾病構造の中心は、「生きるか死ぬか」の感染症の時代から、「どう生きてどう死ぬか」の生活習慣病へ移行した、という論調にあまり疑問を持つこともなく、「まあ、そうなのだろうな」、という感覚でした.

しかし、Covid-19によるパンデミックは、この平時の疾病構造を根幹から変えるものではないかもしれませんが、あらためて医療現場における「外部性」を考え直す貴重な機会を提供しているように思います.

もともと、感染症予防のためのワクチン接種は、外部性を説明する代表的な例としてあげられます.インフルエンザなど、他の人に病気を移してしまう可能性のある感染症を予防するためのワクチン接種を受ける個人の行動は、他の人がその病気へ感染するリスクを減らすため、社会に便益をもたらす「正の外部性」になります.

一方、ワクチンの接種を受けず、結果として自分が感染症にかかってしまうことは、他の人を感染させるリスクを増やすことになり、社会にとって損失をもたらす「負の外部性」になります.

個々に求められる適応力

現在までにcovid-19に対するワクチンは開発されていませんが、例えばこれを感染拡大予防のために「新しい生活様式」をきちんと実践するかどうか、に当てはめて考えるとどうでしょうか.

ほかの人にうつす心配がない生活習慣病とは異なり、この感染症は無症状のたったひとりが多くの人に広めてしまう可能性を秘めています(そして、自分が知らないうちに多くの人に感染を広めてしまうスーパースプレッダーにならない、という保証はどこにもありません).そのため、感染拡大を予防するために、ひとりひとりが日々の生活の中の行動を、状況に見合う生活様式に適応させることが求められています.

そのような中、もし多くの人が利己的な動きを見せれば感染者は増加し、それに伴い重症例も増えることが容易に予想されます.その結果、医療現場はいわゆる「逼迫」したり、もしかしたら「崩壊」したりするのでしょう.

一方、多くの人が利他的な動きを見せれば、この事態の少しでも早い収束につながると思われます.これは、まさに個人の行動が、これまで以上に社会に対して「正の外部性」にも「負の外部性」にも振れることを意味しています.

本邦と海外における対応の違い

現代社会は、これまで以上に人の移動が活発で、物理的にも複雑なソーシャルネットワークが構築されています.一方、感染症が蔓延することで、各人の行動がこれほど大きく、社会に影響を及ぼしかねない時世を、人類は長らく経験していませんでした(少なくとも、いま地球上で生きている多くの人類にとってです).誰も経験したことのない、人から人へ伝播して広まる感染症が全世界で同時多発的に起こっているいま、その対応については政治、歴史、文化や経済状況も含めた医療体制以外の要素が絡み合い、それぞれでの国や地域で意思決定が行われています.

そのような中、日本においては、国からの多くのことが、法的な拘束力を持たない「お願い」として国民に要請されています.このようなお願い対して示される反応は、置かれている立場や状況などによって人それぞれでしょう.しかし、一人ひとりがこの社会を構成しているメンバーとしてきちんと考え、その社会に対して「正の外部性」をもたらすよう自律して行動することを求められている時代なのではないか、と感じています.

そして、パンデミックの終わりを定義することは難しいですが、医療のみならず経済活動においても同様で、全世界的にみても一部の国だけがよければそれでよい、という問題でもなさそうです.私たちはつねに他人の意思決定や行動に影響を受けている、この「外部性」という概念の意味を考える重要性を、改めて感じる日々が続いています.

皆さま、どうぞ引き続き、この時世に見合った合理的で適切な行動を.

企業への質問

この機能を利用するには、ログインが必要です。未登録の方は会員登録の上、ログインしてご利用ください。

この記事に関連するタグ

興味のあるタグをフォローしておくことで、自身のフィードに関連するセミナーやコラムを優先的に表示させることができます。 (無料会員機能。 登録はこちら )

執筆者の他のコラム