作業療法の語源
作業療法の英語語源は、“Occupational therapy”である。“Occupation”とは、”Occupy”の名詞形である。 Occupyとは、『占める・占領する』という言葉であり、Occupationは対象者の時間的・空間的に占める大切な活動・生活・経験を指すものと考えられている。
つまり、作業療法とは、身体部位的な介入(理学療法は下肢,作業療法は上肢)によってカテゴライズされるのではなく、対象者の大切な活動・生活・経験を実現するための手法とされている。
したがって、対象者の大切な活動・生活・経験を実現するために、必要であるならば上肢に対するアプローチを実施するという運びになる。
脳卒中後の作業療法アプローチの変化
さて、作業療法の対象者は上記の概念に倣うと多岐に渡る。 その対象は障害者だけでなく、健常人にも及ぶ。その中でも、脳卒中は作業療法の対象者において、大きなシェアを占めており、今も昔も変わらず、それらに対するアプローチは作業療法の中の重要なエッセンスの一つと言われている。
さらに、脳卒中後の作業療法においても、Geddesら1)は、脳卒中患者の85%に上肢麻痺が生じると報告しており、代表的な障害の一つとされている。
また、上肢麻痺は対象者のQuality of life(QOL)の低下に直結すると報告しており、それらに対するアプローチの発展は急務とされている。
ただし、2000年代前後には、Functional independence measureが回復期病棟で重用され、非麻痺側による代償的なアプローチにより麻痺手の機能・運動障害の改善に対するアプローチは一時的に衰退を迎えた。
しかしながら、近年はそれらのQOLに与える負の影響を鑑み、再び見直されてきた経緯がある。
脳卒中後の上肢麻痺に対するアプローチ(神経筋促通手技:1970-80年代)
脳卒中後の上肢麻痺について、どのようなアプローチが採用されてきたのだろうか。 1970年代から80年代においては、ボバースコンセプトを主流とした神経筋促通手技が使用されてきた。
これらの手法は、Sherringtonらの反射理論やJacksonらの階層理論に準拠しており、脳卒中後の対象者を『中枢神経の損傷により高位中枢(大脳)が下位中枢(脳幹,脊髄)の制御不全に陥った結果、下位中枢が司る原始的な運動パターン(原始反射)が解放され、異常な運動パターンを生じさせる』と解釈している。
それらの解釈に基づき、促通主義やハンドリングによって、対象者が受ける感覚刺激を調整し、それによって解放された異常な反射を抑制するとともに、正常な反射や運動パターンを促進していく手法である。
実際に、基礎研究のレベルでは、脊髄反射や痙縮の指標として利用されるH/M波やModified Ashworth scaleの施行直後の低下は認めているものの2)、複数のSystematic reviewなどを通した明確な上肢機能・運動障害に対する効果のエビデンスを示すことはできていない。
脳卒中後の上肢麻痺に対するアプローチ(課題指向型:1990年代)
神経筋促通手技の全盛に陰りが見えた頃、1990年代ごろよりSherringtonらの反射理論やJacksonらの階層理論、Bernsteinのシステム理論、Gibsonの生態学的理論を基盤理論に持つ課題指向型アプローチの台頭が見られ始めた。
後のコラムで解説する予定であるConstraint-induced movement therapy(CI療法)も課題指向型アプローチの代表格とされている。
課題指向型アプローチは、脳卒中後の対象者を『中枢神経における階層構造の破綻というよりも、身体内の1つないしはそれ以上のシステム(神経機構)に障害が及んだ結果生じるものとし、対象者から表出される運動は、彼らが自身に残存するシステムを代償的に作用させた結果である』と解釈している。
それらに対し、対象者が再獲得した代償的適応行動は常に最適であるとは限らず、しばしば非効率なまま後遺症となっていると考えた上で、練習目標については運動課題を遂行する対象者が用いる代償的方略を最適化することに重点が置かれている。
実際に、課題指向型アプローチは多くのメカニズム調査およびエビデンスを残している(後のコラムで解説予定)。
作業療法におけるトレンド
作業療法におけるトレンドは、これらの手法の多様化により以前の神経筋促通術による一辺倒な介入であったものが、課題指向型アプローチの占めるシェアがここ10年の間に拡大している印象がある。
しかしながら、どちらが優れているという議論よりは、それぞれのアプローチの特徴を知り、最適な対象者に最適なアプローチを提供すべきだと筆者は考えている。
実際、上記でも示したように、神経筋促通術および課題指向型アプローチは、基盤とする理論も全く異なるものであり、その効能も異なることが予測される。
今後、さらに多くのメカニズム・エビデンスに関する研究が行われ、情報が密閉されず公示されることで対象者中心の手法の使い分けが進むことを筆者は切に期待している。
【謝辞】 本コラムは当方が主催する卒後学習を目的としたTKBオンラインサロンの甲斐慎介氏、高瀬駿氏、田中卓氏、山本勝仁氏、高野大貴氏、河村健太氏、須藤淳氏、堀本拓究氏、森屋崇史氏、岡徳之氏、島田隆一氏に校正のご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。
【引用文献】 1.Geddes JM, et al: Prevalence of self reported stroke in a population in northern England. J Epidemiol Community Health 50: 140-143, 1996 2.AnsariNN,NaghdiS:The effect of Bobath approach on the excitability of the spinal alpha motor neurones in stroke patients with muscle spasticity. Electromyogr Clin Neurophysiol 47: 29-36, 2007.
【本コラムの動画解説】
企業への質問
この機能を利用するには、ログインが必要です。未登録の方は会員登録の上、ログインしてご利用ください。