はじめに
前回のコラム「ファンクショナルトレーニングとは?5原則を知って応用してみよう!」ではファンクショナルトレーニングの5原則を解説し、その原則の一つである『分離と協同』にあたるJoint by joint theoryを紹介しました。
このJoint by joint theoryを簡単に説明すると『それぞれの関節には安定性と可動性の役割がある』いうことです。
何か症状が出ている、あるいは、障害がある部分に対してアプローチを行うことは当然ですが、Joint by joint theoryを頭に入れておくことでそれ以外の部分にも目を向けることが可能になります。
Joint by joint theoryとは?
各関節の役割を大まかに分けると、モビリティ関節(可動性)とスタビリティ関節(安定性)があります¹⁾。(図1)
■モビリティ関節:肩・胸郭・股関節・距腿関節など ■スタビリティ関節:頸椎・肩甲胸郭・腰部仙腸関節・膝・足部など
ファンクショナルトレーニングでは、身体の関節がそれぞれの役割を持ち、個別に働きながらも複数の関節を同時に共同して働かせることが機能的な動作に結びつくと考えられており²⁾、各関節が可動性と安定性の役割を果たし、協調的に働くことで機能的な動きが達成されます。
そして、関節が本来の役割が果たせていないと、運動パフォーマンスの低下や障害発生の要因ともなります。
どの関節がモビリティあるいはスタビリティに該当するかを分類する際の判断基準として参考になるのは 『構築的に安定(骨や靭帯・大きな筋肉によって)し、可動域が重要になる部位はモビリティ関節』、『筋肉による安定性が重要になる部位はスタビリティ関節』 と捉えると理解しやすいと思います。
ここで勘違いしてほしくないのは「モビリティ関節なので安定性のトレーニングは不必要」「スタビリティ関節に可動性を出すようなことはしない」という思考には陥らないことです。 どの関節にも可動性と安定性は必要であり、どちらの役割に重きを置くかが大切です。
Joint by joint theoryを用いた実際の姿勢観察
ここからは、Joint by joint theoryをどのように用いるのかを紹介します。
図2は私が関わっている競泳競技において基本的な姿勢とされている『ストリームライン:両手を挙上し手を組んだ姿勢』です。
図左のように胸郭の前面の軟部組織がが短縮すると、肩甲骨の後傾の動きが制限されてしまい、その影響により上肢挙上の可動域制限が生じることとなります。
さらに、このような可動域制限の状態で運動を継続してしまった場合、肩関節の前上方組織のインピンジメントや肩峰下滑液包の内圧向上に伴う痛みが出現する可能性もでてきます。
図中央は股関節前面の軟部組織の伸張性が低下した状態を表していますが、これにより骨盤前傾が生じ、そこから腰椎の前弯増強が出現します。
このような骨盤前傾と腰椎前弯が生じた状態に加え、腹圧が減少してしまった場合(なお、腰椎が前弯している時点で腹圧は入りにくいです)、適切な姿勢コントロールのプロセスで生じる随意運動に先行した腹横筋の収縮が得られにくい環境になってしまい、パフォーマンスが低下してしまう可能性があります。
また、腰椎前弯が強くなった状態で姿勢コントロールが得られにくくなると腰部の安定性が欠如し、体幹伸展時に腰椎の一部(特に下部腰椎)が過剰運動性を呈してしまいます。
この過剰運動性が反復されることで腰椎椎間関節に局所的なメカニカルストレスが集中し、椎間関節障害や腰痛分離症の原因になることがあります³⁾。(図3)
Joint by joint theoryで特にどこに着目すべきか?
ここからは私見として、Joint by joint theoryを臨床で応用するときのポイントを紹介します。 私が特に着目しているのは、
①胸郭の可動性 ②股関節の可動性 ③腰椎・骨盤の安定性
の3点です。
①胸郭の可動性について 胸郭は胸椎・肋骨・胸骨で構成され、屈曲・伸展・回旋など多面的な可動性が求められる部位であるにもかかわらず、可動性が低下しやすい部位です。前述した通り、胸郭可動域の低下によって姿勢コントロール不良や肩甲骨の可動性の低下が生じやすくなります。
②股関節の可動性について 股関節自体は球(臼)関節であることから、構造的に可動性が大きい関節ですが、適切な姿勢コントロールが失われた場合、代償的に二関節筋や大筋群を使用してしまいます。それによって、筋タイトネスによるパフォーマンス低下や障害発生に繋がりやすくなる印象があります。
③腰椎・骨盤(下部体幹)の安定性について 腰椎は身体の中央に位置していますが、構造的に不安定であるため、筋による制御が必要になる部位です。 また、この部位には姿勢コントロールの核となるコアユニットも存在するなど非常に重要な役割を果たしています。
さらに、仙腸関節はほとんど可動性がありませんが、動きがわずかでも大きくなると疼痛が強く発生する部位なので安定性が重要になります。
今回は私が臨床で経験している特に可動性が低下しやすく、パフォーマンスに影響を及ぼす3つの部位をあげました。もちろん足部や膝を軽視するわけではありませんが、これら3部位はアスリートや整形外科の症例、脳卒中の症例など疾患や対象に関わらず必須で見ることが多いと感じています。
Joint by joint theoryを考慮することのメリット
今回ご紹介したJoint by joint theoryを臨床やスポーツ現場で用いることによって、痛みや症状の根本となっている要因を見極める判断ができる可能性があります。
また、Joint by joint theoryの理論はシンプルなので、リハ患者さんを対象にを用いた場合、症状が出ている部分以外のケアやトレーニングを指導する際にも、説明に用いることができ、か目的を持ったリハを行うことで患者さんのモティベーションや効果の向上も期待できるかもしれません。
繰り返しになりますが、Joint by joint theoryはトレーニング分野の中では常識となった理論ですが、理学療法や作業療法にも用いることが可能な概念です。
是非とも現場で患者さんに介入するときには、一度思い出してみてください。次回は胸郭・股関節における可動性の重要性を紹介します。
【参考文献】 1)佐藤正裕,mobilizationとstabilization,臨床スポーツ医学 Vol.37,No5,P580-587,2020 2)GRAY COOK: EXPANDING ON THE JOINT-BY-JOINT APPROACH, PART 2 OF 3 3)金岡恒治 編著, 腰痛の病態別運動療法 P18-21, 2016
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