NBAアスレティックトレーナーまでの軌跡とこれからの日本でのビジョン

はじめに

皆さん、初めまして。今月から月1回でコラムを執筆させていただく中山佑介です。第1回の今回は、自己紹介と今後のコラムのテーマについて書かせていただきます。

静岡県出身の36歳です。日本の大学を卒業した後に渡米し、2018年の夏に帰国するまでの13年間をアメリカで過ごしました。

その中で3つの大学に在籍し、ATC/CSCSとして幾つかのインターンを経験した後、最後の5年間はプロスポーツでの仕事に従事しました。

現在は滋賀県草津市にてパーソナルトレーニングを軸としたTMG athleticsという名の個人事業をしています。

以下は、アメリカでの歩みの概要と、今後のビジョンを記しました。今後のコラムとの繋がりを感じてもらえれば幸いです。

渡米直後の直面した語学の壁と、心の支え

日本の大学を卒業して海を渡りましたが、アメリカの大学に入学できる最低限の語学力で留学したので、英語の習得と「英語で学ぶ事を学ぶ」事から僕の留学は始まりました。

講義や宿題について行くのが精一杯、どころかついていけない事も多々あり、それまで経験した事がなかった無力感に苛まれる事もありましたが、「諦めよう・帰りたい」などと思った事は一度もありませんでした。
根底には自分の掲げた目標を達成するという意思やサポートしてくれた両親に対する責任感がありましたが、その上にはスポーツ(僕の場合はバスケットボール)の存在がありました。

アメリカの大学の体育館には、夜遅い閉館時間までピックアップゲーム(コートに集まった人達が即席でチームを組んで行われる試合)が行われているというバスケ好きには夢のような環境があり、勉強と実習以外の時間はそこに入り浸り、現地の学生に混ざって片言の英語でコミュニケーションをとりながら、自分の居場所を見つける事ができた事は、非常に大きかったです。

もがき苦しんでいたアメリカ生活に光を照らしてくれたピックアップゲームの存在

以下にアメリカ生活の原点ともいえるエピソードを少しだけ紹介します。

留学一年目、授業のグループワークでは、周りと同じペースで発言ができなかった僕はどこのグループにも誘ってもらえない事が多かったです。

ほとんど貢献ができない事を自他ともに承知で、すでに出来ているグループに拙い英語で入れてくれと頼むのは、正直苦痛でした。

グループワークがあった日は気持ちが沈みがちでしたが、体育館に足を運ぶとピックアップゲームの順番待ちをしている現地の学生達が「一緒のチームでやろうぜ」と声をかけてくれる。知っているのはお互いのプレースタイルだけ、専攻どころか名前さえ知らない(僕は勝手にIchiroと呼ばれていました)、そんな現地学生達にどれだけ救われたか分かりません。

また、夜中の図書館で辞書を引きながら課題に四苦八苦していると、ピックアップゲームで顔見知りになった現地学生が手伝ってくれた事もありました。

スポーツが世界の共通言語である事を体感した出来事の一つとして覚えています。また、スポーツに恩返しがしたい、という気持ちの種がここで蒔かれたと思います。

アメリカ生活で恋しく思うものは?と聞かれる事があります。僕の頭に真っ先に浮かぶのは、ピックアップゲームです。そして上記のエピソードのような経験は、アメリカでしか学べない、つまり一番貴重な学びだったように思います。

アメリカ生活2年目以降に本格的なアスレティックトレーニングを学ぶ

アメリカでの生活に慣れはつあった2年目に、1年間過ごしたミネソタ州にあるWinona State Universityを離れ、University of ArkansasのEntry Levelプログラムに入学、Athletic Trainingを本格的に学び始めました。

教室、実習、ピックアップゲームの3つを軸に、クラスメイト・ハウスメイトにも恵まれた2年間を過ごしました。在学中にはCSCSを始めとする資格を取得し、卒業後はATC有資格者としてシカゴとニューヨークでインターンをしました。

インターン後は、徒手療法で名前が知られているMichigan State UniversityのPh.Dプログラムに入学をし、学生、講師、研究助手、大学AT活動、インターン、卒論執筆、子育てと、自分でもどうやって切り盛りしていたのか思い出せない慌ただしくも濃密な4年間を送りました。アメリカ最初の3年間で固めた土台に実践力を養った期間です。

卒業後のNBA Cleveland Cavaliersへの道

卒業を控えての就職活動中、ニューヨークでのインターン時のボスの推薦で、NBA Cleveland Cavaliersのアシスタントアスレティックトレーナーポジションの選考対象に入れてもらい、「書類選考」→「電話インタビュー」→「スカイプインタビュー」→「現地インタビュー」というプロセスを経て仕事を頂き、2018年に帰国するまでの5年間従事しました。

アメリカでの経験と考え方の変化とは

アメリカ留学そのものが間違いなく人生の大きな転機でした。
大学のバスケチームのトライアウトを受けたり、ニューヨークの裁判所で結婚したり、フランチャイズ初の優勝に携われたりと、ユニークな経験も沢山できました。

そんなカラフルな13年間の中で最も大きな出来事は2児の父親になった事です。
価値観や優先順位が大きく変わり、それまでは仕事や自分の趣味としての対象だったスポーツを、子育てという観点でも考えるようにもなりました。

Long Term Athlete Development(LTAD)との出会い

そこで出会ったのが、Long Term Athlete Development(LTAD)という考え方です。
競技力向上ではなく、人生を通して活動的であること(Active for Life)を最終目標として掲げるこのモデルからは父親としても学ぶこと・考えさせられることが多く、またアスレティックトレーナーとして感じていたユースアスリートが抱える慢性傷害の深刻さ・多さにも通じる所もあって、強い関心を持つようになりました。


シーズン毎にスポーツが変わるというアメリカの良さが、Early Specialization(早期専門化)等によって失われ、その弊害が認知されてきた事によって注目されはじめたカナダ発祥のLTADモデルですが、帰国後に母国のユーススポーツ環境を知れば知るほど、日本においても非常に有益な考え方だと感じています。

その思いから、現在、LTADに関する情報を発信するTMG athleticsTMG athletics x LTADというホームページも運営しています。

これからの日本での活動とビジョン

今後のビジョンとしては、TMG athleticsの事業を成長させながら、このXPERTでのコラムを含めたLTADの情報発信を継続して行っていく事を当面は考えています。

その先にあるのは、バスケットボールコート付きのトレーニング施設を建てる事です。このアメリカ時代からの十年来の夢には、僕自身のアメリカ生活の原点と言えるピックアップゲームの風景、競技アスリートへの最善のトレーニング環境、そしてLTAD実践の場所を創りたいという思いがあります。

トップアスリートや競技者が自分の可能性に挑戦してトレーニングに励む空間。別の時間には、勝利至上主義ではなくActive for Lifeを目指した幼児から年配者までが笑顔で運動・スポーツに参加している。そんな場所です。

初回という事で、自己紹介をさせていただきました。今後月一でコラムを執筆させて頂く筆者の輪郭を伝える事ができていれば幸いです。来月以降のコラムのテーマは、LTADです。よろしくお願いします。

===========================================
参考サイト
・TMG athletics:https://www.tmgathletics.com/
・TMG athletics x LTAD:https://tmgathletics.net/
・Facebook:https://www.facebook.com/yusuke.nakayama.940
・Twitter:https://twitter.com/yusuke_0323

← トピックス一覧に戻る