田中創の痛みコラム 3-(3)痛みの情報を識別する脳の役割 「認知的側面 (痛みの意義の認識・分析)」

1.認知的側面について

今回は脳内における痛みの識別の中でも認知的側面について取り上げます。認知的側面とは、現在感じている痛みが過去に経験した痛みと比較してどのような意味を持つかを認識・分析することを指します。そこには、過去の痛み体験や痛みに対する注意の向けかた、痛みへの予測などが影響します。

痛みの認知的側面には、頭頂連合野や前頭前野といった領域が関わっています。頭頂連合野は多感覚統合領域といわれていて、様々な感覚情報(視覚、表在感覚、深部感覚、痛み…など)を統合して身体イメージを形成する部位です。

2.慢性痛によって引き起こされるNLSとは

慢性痛患者では、頭頂葉の活動が抑制されていることが報告されており、痛みの慢性化に伴い、身体イメージの形成にも問題を引き起こすことが考えられます。このように、痛みが長期化すると「自分の脚なのに自分の脚のような感じがしない」「痛い部分を動かそうとしたら、そこを集中しないと動かすことができない」といった訴えが聞かれることがあります(図1)。このような現象のことを、GalerらはNeglect like symptom(NLS)と名付けました。

図1. Neglect like symptom
Neglect-like symptomsとは「自肢の存在の認知」と「自肢の運動感覚の認知能力」が低下した状態である(Galer et al, 1995.)

3.NLSは慢性痛だけではない

そして、このようなNLSに関わる問題は、痛みの慢性化した時だけではなく、術後早期からも生じることをHirakawaらが報告しています。Hirakawaらの報告によると、人工膝関節置換術3週後で36%、術後6週の時点でも19%がNLSを有していたことが明らかになっています(Hirakawa Y, Morioka S, et al. The relationship among psychological factors, neglect-like symptoms and postoperative pain after total knee arthroplasty. Pain Res Manag 19(5):251-256, 2014.)。

私も最近、術後急性期の患者さんを見るようになり、改めてNLSの問題を有している人が多くいるなという印象を持っています。術後に「(患部)の力の入れ方がよく分からない」「(患部)を動かそうとしてもうまく動かせない」など、手術後の痛みの影響により身体イメージに問題をきたしている例を多くみます。このようなNLSに関する問題が、痛みの沈静化に伴い自然と収束していくと問題ないのですが、そうではない症例が難治性の痛みへと移行していくのではないかと考えています。そういう意味では、痛みが慢性化してしまう前に、そのような問題を抱えていないか?を、いち早く情報として拾っておくことは重要なことではないかと思います。

4.前頭前野における痛みと情動の関係とは

一方で、認知的側面に影響する脳領域である前頭前野は外側と内側でその役割が違うことが報告されています。外側前頭前野は痛みの注意に、内側前頭前野は情動の制御に関わる領域とされています。また、外側と内側の前頭前野は、一方が働けば、もう一方は抑制されるといったように、お互いがシーソーのような関係で成り立っています(図2)。つまり、痛みに対して過度に「注意」を向けていると、結果として内側前頭前野の活動が抑制され、情動の制御が困難になります。

図2. 前頭前野(外側・内側)の役割

外側前頭前野と内側前頭前野は互いに抑制関係にある。内側前頭前野が活動すると外側前頭前野の活動が低下する(Baliki MN et al. Chronic Pain and the Emotional Brain: Specific BrainActivity Associated with Spontaneous Fluctuations of Intensity of Chronic Back Pain. J NeuroSci. 26(47):12165-73, 2006.)

5.痛みの負のループに陥るメカニズム

冒頭で取り上げた、この痛みに対する「注意」や「予測」が認知的側面の部分では重要となります。痛みへの注意や予測が過度になる要因は、人によっても様々ですが、その一つの要因としてPain catastrophizing(痛みの破局的思考)が提唱されています。Pain catastrophizingとは、痛みを経験した後に、その痛みをどのように捉えるか?を表す一つの指標であり、痛みの経験をネガティブに捉える傾向のことを指します。Fear avoidance modelの中でも、痛みの負のループに陥る岐路にこの破局的思考が挙げられています(図3)。


図3. Fear avoidance model

破局的思考を客観化する尺度としては、Pain catastrophizing scale(PCS)があります。術前にPCSが高いと術後遷延痛になりやすいことや、機能の予後にもなることが様々な研究で明らかにされています。このあたりの具体的な評価については「6. 痛みの評価」のところで取り上げていきます。

次回からは、これまでのまとめとして「4. 慢性痛の神経メカニズム」について概説していきます。

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