田中創の痛みコラム2-(3) Pain matrix(痛みの関連領域)

2. 痛みの伝導路

(3) Pain matrix (痛み関連脳領域)

前回までに痛み(侵害刺激)が加わった時に痛みがどのように伝えられるか?について、一次侵害受容ニューロン(Aδ線維・C線維)と二次侵害受容ニューロン(外側脊髄視床路・内側脊髄視床路)を取り上げてお伝えしてきました。今回は、それらの痛みの情報を最終的に識別しているPain matrixについてお伝えします。

Pain matrixは痛み関連脳領域とも呼ばれ、脳の中にある様々な部位が痛み情報の処理に関与しています。これについてはApkarianらによる有名な研究があります。

私たちは患部で痛みを感じていますが、あくまで痛みを処理しているのは、この痛み関連脳領域です。そして、これまでにもお伝えしてきましたが、痛み刺激が加わると、痛み関連脳領域は一部ではなく、すべての領域が賦活(活動)します。

痛み刺激が加わったあと、何らかの要因により痛みが増幅(修飾)されたり、持続するようなメカニズムが働くと、痛み関連脳領域には絶えず刺激が入り続けることになります。そうすると、はじめのうちは痛み刺激に対して純粋に反応していた脳が、おや?なんだ?おかしいぞ?と誤作動を起こしはじめます。

粘土を例に説明しますね。買ったばかりの粘土を軽く押すと、その部分には凹みができます。ただ、しばらく放置しておくと粘土は元の形に戻っていきます。しかし、粘土の形が戻る前にまた粘土を軽く押すと凹みが大きくなります。そして、更に粘土を押すと…ということを繰り返すと、やがて粘土は凹んだ形のままで元の形に戻れなくなります(図2)。


図2. 神経系の可塑的変化と痛み
(松原貴子・他:痛みのメカニズムと理学療法〜痛みの可塑性と慢性疼痛. 愛知県理学療法会誌. 19(2), 2007: 81-87より引用)

このような状態を、専門用語で「可塑性」と言います。繰り返しの痛み刺激により神経(その情報を受け取る脳)が可塑性を引き起こした状態を「神経可塑性疼痛」もしくは「侵害可塑性疼痛」、本邦では最近「認知性疼痛」という言葉で表現されるようになりました。

※可塑性:神経が繰り返し刺激されて興奮性が低下する長期抑制というものがあります。このようにシナプスの伝達に変化がみられることを神経の可塑的変化とよびます(物体に力を加えて形がゆがんだ時、力を取り除いても変形されたままとなる性質のこと)

これまで侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛に当てはまらない、原因のよく分からない痛みについては、どのように考えるべきか臨床・研究の双方において曖昧な点がありました。しかし、痛み関連脳領域の解明により、国際疼痛学会は2017年に「痛みの信号に関与している脊髄・脳内のネットワークにおいて生じた神経可塑性によって増強あるいは生じる痛み」を神経可塑性疼痛という言葉で表現することを発表しました(International Association for the Study of Pain, 2017)。

つまり、国際疼痛学会により「可塑性が痛みを生み出す」という考え方が公的に支持されたことを表します(Aydede M, Shriver A: Pain. 159:1176-1177, 2018)。

神経可塑性疼痛の詳細については「Part.5 痛みの種類」のところで説明します。まだまだ曖昧な点があるのも事実ですが、痛み関連脳領域の発見により、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛に続き、新たな定義が生まれたことは今後の痛み領域の治療の発展においても重要な意味を持つと言えるでしょう。さて、次回はこのPain matrix(痛み関連脳領域)についてもう少し深く掘り下げてお伝えしていきたいと思います。

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